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キャリアパス

本学の卒業生は、高い技術力と科学的な素養に裏付けられた「実践的・指導的な技術者」として、日本及び世界を代表する多くの企業で活躍しており、最先端技術科学の研究開発・ビジネスの世界で、重大な責務を負う技術系幹部として、企業と国際社会の発展になくてはならない存在と高く評価され活躍しています。

大学院修了生の就職希望者の就職率は100%で、本学で育む確かな技術力は産業界から求められ高く評価されています。

グローバル技術科学アーキテクト養成コース
第一期修了生インタビュー

豊橋技術科学大学グローバル技術科学アーキテクト養成コース第1期生が、2021年3月、社会に巣立ちます。
「グローバルコミュニケーション能力」
「多様な価値観の中での課題解決能力」
「世界に通用する人間力」
を身につけ、世界に羽ばたく修了生に、技科大のGACライフをインタビュー、今の気持ちを聞きました。

医療機器開発を通じて社会に貢献したい

川上千夏さん
電気・電子情報工学専攻 集積化バイオセンサ・MEMSグループ
(2021年3月 修了)

グローバルに働くことを夢見て、自ら異文化に飛び込む

高専在学中から、将来は社会に貢献する仕事をしたいと考えていた川上千夏さん。機械・情報系の知識を活かし、病気の早期診断や感染症対策などに役立つ医療機器の開発に携わりたいと夢見てきた。

「自分も病院のお世話になったことがありましたし、その恩返しの気持ちもあって、病気や怪我で困っている人の役に立ちたいと思ったのです。調べてみると、途上国では日本でなら助かる病気で亡くなっている方が大勢いると知って驚きました。途上国の医療機関でも使いやすい小型で安価な医療機器があれば、医療格差をなくすことにつながるはずです。そこで、高専の先生のアドバイスもあり、豊橋技術科学大学でMEMS(Micro Electro Mechanical Systems)の勉強をすることにしました」と川上さんは語る。さらに、途上国をはじめ世界で活躍する技術者になるために、グローバル技術科学アーキテクト養成コース(GAC)を選択。第一期生として入学し、グローバルハウスでの生活を体験した。

kawakami.jpg 「5人1部屋で、自分を含めて2人の日本人のほか、マレーシアの留学生2人、ベトナムの留学生1人と共同生活をしました。マレーシアの留学生はムスリムで、ハラルフードしか食べられないといった文化のちがいについては事前に勉強していました。ところがあるとき、うっかり彼女たちの鍋で調理するという大失敗をしてしまったのです。すぐに新しいものを買って謝りましたが、彼女たちを傷つけてしまったし、認識が甘かったと大いに反省しました」

一方、共同生活は留学生にとっては日本語を、日本人にとっては英語を学ぶ格好の場でもあった。そうしたコミュニケーションを通じて留学生たちと友情を育んだことは、将来、グローバルに活躍するうえで大きな糧になったと川上さんは語る。

「ただ、留学生たちは日本語がとても堪能で、つい日本語で話しがちでした。そこで、学部4年の1月から博士前期1年の6月にかけての5カ月間、英語しか話せない環境に身を置こうと、韓国のKAISTへ留学しました。徴用工問題などで日韓関係がギクシャクするなか、韓国に行くのは、正直、とても不安でした。実際は外から見るのと中から見るのは大ちがいで、皆とても親切にしてくださいました。最初こそ下手な英語を話すのが苦痛で、1日中パソコンと顕微鏡に向かっていましたが、これではダメだと反省し、2カ月目からは自ら話しかけるようになり、徐々に毎日が楽しくなりました。研究の合間に、オランダ人のルームメイトとその友達と一緒にK-POPのコンサートに行ったのはいい思い出です」と、川上さんは当時を振り返る。

人々の健康に役立つ医療機器の開発をめざして

実は川上さんの高専での専門は機械制御・情報系工学系で、編入時に専門を電気・電子に切り替えたため、当初はかなり苦労したという。

「学部3年のときは、授業や課題の提出に追われ、図書館に通い詰めて、毎日3時間寝れるかどうかという日々でした。4年次になると今度は研究が忙しくなり、グローバルハウスで過ごす時間が少なかったのはもったいなかったですね」と川上さん。

もっとも、そうした苦労の甲斐あって、水素イオンのイメージセンサの研究では、課題となっていたイオンの拡散を抑制する構造体の製作方法を開発し、高精細なイメージングに成功した。さらに、複数の神経伝達物質を同時に高精細にイメージングするデバイスの製作にも取り組んだ。また、留学先のKAISTでは、最先端のオプトジェネティクス(光遺伝工学)の研究に従事。オプトジェネティクスとは光で細胞の機能を制御する技術だが、このときに必要になるμサイズのLEDプローブを3Dプリンターで製作し、5カ月という短い期間で成果を出した。2021年3月には博士前期課程を修了し、4月からは島津製作所へ入社する。

「分析装置や医療機器を手がけるメーカーで、海外で事業も展開している企業ということもあり、さらに一歩、夢に近づきます。とくに興味があるのがアルツハイマーの超早期診断装置の開発です。実は介護が必要な祖母と実家で暮らしたことや、在学中に特別養護老人ホームでアルバイトをした経験を通じて、尊厳ある"生"のためには健康長寿が欠かせないと痛感したんですね。医療機器などの開発を通じて、一人でも多くの方の健康に役立ちたいと思っています」

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自らが動くことで、異文化の壁を超える

Lim Jia Yen(リム・ジア・エン)さん
建築・都市システム学専攻 国際都市計画研究室(2021年3月 修了)

不満だったGACでの生活を変えたのは自分自身

2012年に初めて来日したマレーシア出身のリムさん。東日本大震災後の被災地を訪ね、地元の人たちから復興にかける思いを聞いた。甚大な被害を受けながらも、必ず復興させるという東北の人たちの前向きな姿勢に感銘を受けたという。

「世界の歴史や地理、各国の民族の生活や文化に興味があり、海外留学をしたいと思っていましたが、経済成長と停滞、そしてたび重なる自然災害、復興などを経て、アジア諸国のなかでとりわけ経験豊かな日本で勉強したいと思うようになりました」とリムさんは語る。その後、政府派遣留学奨学金制度を活用して豊田工業高等専門学校に留学し、卒業と同時にGACの第一期生として入学した。GACを選んだのは、前出の川上千夏さん同様、グローバルな社会課題の解決に貢献したいという思いから、グローバルハウスでの生活が将来の糧になると考えたためだ。

lim.jpg 「でも最初は期待とはちがっていたんですね。入学当時、シェアルームでは私以外、皆日本人でしたが、それぞれ生活のリズムもちがうし、自分自身が受け身だったこともあり、なかなか思うようにコミュニケーションが取れませんでした。最初は不満に思うだけでしたが、このままでは良くないと考え、自ら積極的に人と関わりをもつよう努めました」

その姿勢はやがて、学内外での活動や国際団体活動へとつながっていく。学部4年次には、GACの同級生らを巻き込んで、文化理解や英語でのプレゼンテーション能力向上などを目的に、学内でTEDxToyohashiUTやInternationalUnderstandingForum(IUF=異文化フォーラム)を立ち上げ、毎回異なるスピーカーによるプレゼンテーションやワークショップなどを企画した。リムさん自身も発表したり司会を務めたりするなかで、交流を深め、人脈を広げていったという。

「異文化の一番の壁は、文化や宗教のちがいというより無関心なんです。関わるための最初の一歩が踏み出せない人も多い。その壁を取り払いたかった。幸い、GACには川上さんを始め、社会課題解決に貢献したいという意識の高い学生が多く、積極的に関わってくれて、互いに刺激を受けつつ、活動の幅を広げることができました」と振り返る。 そのほか、飲食店でのバイトや通訳、県内の学校での異文化理解のための講師、さらにはヒッチハイクも経験したというリムさん。もとは内気な性格だったというが、GACでの生活を通じて、人とのコミュニケーションに自信がもてるようになったと自負する。

スラム街での調査研究を活かし、途上国の持続的発展に貢献したい

学部4年からは、小野悠講師の研究室でインド・ムンバイやケニア・ナイロビなどのインフォーマル市街地(スラム街)における都市開発と水供給マネジメントの研究を手がけた。高専のとき、マレーシアや日本などで水環境改善について調査した流れで、水問題について都市計画というより広い視点から取り組みたかったという。ムンバイには3回現地調査に赴き、各3週間ほど滞在して、市外に広がる2000ものスラム街のうち特徴的なものを調査した。

「最初は通訳が手配できず、勉強中のヒンディー語やマラーティ語でなんとかコミュニケーションを取りましたが、スラム街の衛生環境の悪さや文化のちがいに戸惑うこともありました。実はムンバイの電車は扉を開け放して走るんですね。駅に到着するとき、まだ動いている電車から人々がホームへ飛び降りるのも驚きました。夜遅く、スラム街で怖い人から絡まれそうになったことも。でも、そうした失敗から多くを学びましたし、現地に友人もできました」と、リムさんは話す。

体当たりで臨んだ調査が実を結び、博士前期2年までに発表した学会論文は8本を数える。また、研究とは別に、ムンバイでの実務訓練として、2カ月間にわたり国際NGO組織でスラム環境改善・開発の活動にも携わった。2021年4月からは、第一希望であった、様々な国で社会インフラ整備を行う開発コンサルタント会社に就職する。

「将来は、途上国の持続的発展に貢献できるような都市計画の仕事に関わりたい。そのためにヒンディー語やスペイン語も継続して勉強しています。つねに向上心をもって、積極的に課題解決に挑戦していきたいですね。またこれからも、日本の故郷とも言える豊橋との連携を大切にしていきたいと思っています」

(取材・文=田井中麻都佳)

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最終更新日:2021年07月14日

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